阪神淡路大震災から20年
犠牲になられた方々に心よりご冥福をお祈りいたします。
20年前、お腹の中にいた我が子も今年で二十歳となります。
ドーンという音のあと、大きく揺れお腹を守ることで必死でした。タンスやタンスの上に置いてる箱が落ちてこないかとても不安でした。
大阪は震度3で住んでいたところが1階であったことから、物が落ちたり壊れたりという被害はなかったので大したことなくて良かったと安堵しテレビをつけて一気に顔面蒼白になりました。
神戸がメチャクチャになってて、この目で見ていることが現実とは思えない光景でした。
一瞬にして何もかもが奪われた人たちがいてとてもショックでした。
あれから20年
神戸市民の4割が阪神大震災を経験していないとのことです。震災の経験を風化させず語り継いでいこうと、プロジェクトを立ち上げ活動されている方々がいらっしゃいます。
東日本大震災はまだまだ記憶に新しく、今なお復興の真最中です。
そして、今年は戦後70年
戦中に生きた人たちはほんのわずかとなって、ご本人が大切なことを語り継いでいくことがなくなりつつあります。
自分たちの知らない歴史を、体験していないことをどう受け止め、どのように考え行動するか、その時々の教訓を今後にどう活かすか、ということが大事であると思います。
今を生きる私たちに何ができるか、何をしていくのか、しっかり考えていきたいと思います。
犠牲になられた方々に心よりご冥福をお祈りいたします。
20年前、お腹の中にいた我が子も今年で二十歳となります。
ドーンという音のあと、大きく揺れお腹を守ることで必死でした。タンスやタンスの上に置いてる箱が落ちてこないかとても不安でした。
大阪は震度3で住んでいたところが1階であったことから、物が落ちたり壊れたりという被害はなかったので大したことなくて良かったと安堵しテレビをつけて一気に顔面蒼白になりました。
神戸がメチャクチャになってて、この目で見ていることが現実とは思えない光景でした。
一瞬にして何もかもが奪われた人たちがいてとてもショックでした。
あれから20年
神戸市民の4割が阪神大震災を経験していないとのことです。震災の経験を風化させず語り継いでいこうと、プロジェクトを立ち上げ活動されている方々がいらっしゃいます。
東日本大震災はまだまだ記憶に新しく、今なお復興の真最中です。
そして、今年は戦後70年
戦中に生きた人たちはほんのわずかとなって、ご本人が大切なことを語り継いでいくことがなくなりつつあります。
自分たちの知らない歴史を、体験していないことをどう受け止め、どのように考え行動するか、その時々の教訓を今後にどう活かすか、ということが大事であると思います。
今を生きる私たちに何ができるか、何をしていくのか、しっかり考えていきたいと思います。



















